
この人にインタビュー

松田智生さん / 株式会社三菱総合研究所 政策・経済センター 主席研究員
地域活性化や高齢社会の研究に従事し、「逆参勤交代」や「人材往還社会」の概念を提唱。著書に『明るい逆参勤交代が日本を変える 働き方改革と地方創生の同時実現』(事業構想大学院大学 出版部)などがある。
都市部と地方のつながりをどう考えるべきか。地方移住や地方転職を検討する人が増えつつある中、都市部で暮らしながら地方副業でやりがいを見いだそうとするビジネスパーソンが注目を集めています。副業人材として地方企業の業務に従事する意義とは。都市部で暮らしながら地方副業に取り組む利点とは。地方副業を日本で定着させるためにはどんな課題をどう克服するのが望ましいのか。
地方創生の第一人者として地方との新たな関わり方を提唱する三菱総合研究所 政策・経済センター 主席研究員の松田智生氏にインタビュー。松田氏はこれからの地方のあるべき姿をどう描き、都市部で暮らす人材は地方とどう関わるべきと考えるのか。現状と課題、これからの未来について話を聞きました。(聞き手:みらいワークス 執行役員 高橋寛)
「逆参勤交代」から9年。都市部人材の意識変化と地方副業の現在地

高橋:松田さんはこれまで、都市部で暮らす人が期間限定で地域に滞在する「逆参勤交代」の必要性を提唱してきました。提唱してから約9年。その間に働き方や暮らし方、地域との関わり方は多様化してきました。こうした変化を松田さんはどのように捉えていますか。
松田:提唱した2017年当初はスモールスタートでの取り組みでしたが、現在は北海道から九州まで約25の自治体に広がりました。この数年で、逆参勤交代をきっかけに地方副業や兼業で地域貢献する人が急速に増えるなど、地域との関わりが広く認知、浸透しつつあります。普段は都市部に住む人が週末だけ地方に足を運んで課題解決に寄与したり、リモートワークで地方企業の業務を支援したりする事例も増え、新たな働き方、新たな地域課題解決手段として「逆参勤交代」は着実に広がりつつあります(図1)。

これまでのように、地域間で移住者を奪い合うゼロサムゲームから脱却し、地域で人材を共有・循環させる新たな社会の仕組みが育まれつつあるわけです。当社ではこうした社会システムを「人材往還社会」と呼んでいます。
高橋:内閣府などで地方創生や副業の議論が本格化したのが2019年。地域と多様な関わりを持つ「関係人口」という概念が注目され始めたのもその頃でした。それまでの副業というと、収入の補てんや個人のスキルアップなどの目的で取り組むのが一般的でした。しかしここ数年で「自分の経験を地域に役立てたい」という社会貢献的な意識が一気に高まりました。コロナ禍を経てオンラインツールが普及したことも、都市部人材が地域と関わるハードルを劇的に下げてくれましたね。
松田:ここ数年のオンラインの浸透が都市部人材と地域をつなぐ契機になっていると考えます。当社が都市部の就業者1000人を対象に実施した調査では、都市居住者の3~4割が地方での滞在や副業・兼業などの「人材往還」に関心を示しているという結果が出ています。
高橋:まさに人材往還の浸透を裏付ける潮流が見えますね。地方で働くことに関心を示す人の属性やモチベーションについて、他にはどんな傾向が読み取れますか。
松田:「地域と関わりたい」と思うのは、これまでならシニア層が大半を占めていると思われがちでした。しかし地方に滞在したり地方で働きたいと考えたりする層で最も多かったのは、20代・30代といった若年層でした。若い世代ほど「自分の実力をよそで試したい」「自分や家族にゆかりのある地域に貢献したい」という意欲が強いことがわかります。
高橋:地方副業を支援する当社のマッチングプラットフォーム『Skill Shift』の登録者も若い世代が多い傾向です。属性を見ると、大企業などに勤務する会社員が46%、フリーランスが54%で、世代別では特に30代、40代からの応募が非常に多くなっています。「本業で培ったスキルを社外で試したい」「自身のゆかりのある地域へ貢献したい」などの動機で地方副業にチャレンジしたい人が圧倒的に多いですね。
なお、当社の総合研究所が実施した調査では、大企業の54.6%が正社員の副業・兼業を容認すると回答しています(図2)。社員の副業で得た経験が自社の成長の原動力になると考える企業は少なくないようです。

松田:大企業の第一線で働く会社員が登録者の約半数を占めているのは素晴らしいことだと思います。多忙な会社員が本業を維持しながら副業に携われる要因を高橋さんはどう考えますか。
高橋:最大のポイントは「業務の切り出しとサイズ感」です。「Skill Shift」で提供する副業案件の多くは、稼働時間が月20時間程度、報酬が月額5万円程度です。こうした案件なら、平日の夜間や週末を使って副業に取り組めます。現地に頻繁に足を運ばずともオンラインで業務を支援する案件が多いことも、本業と副業の両立を実現できる要因になっています。
松田:月20時間、月5万円という絶妙なサイズ感が、若年層の「副業をやってみよう」という思いを後押ししているわけですね。大企業の場合、業務が細分化され、仕事の手触り感が失われていると思う社員も少なくないでしょう。そのような中、副業とはいえ地方企業の経営者と向き合い、企業の経営や改革に携わる経験は代えがたい魅力になるはずです。経営者のパートナーとなって「ありがとう」と感謝される体験は、地方との関わりを持つからこそ生まれる価値なのではないでしょうか。
人材往還社会を拒む課題、地方企業を支える「翻訳者」が解消の鍵

高橋:人材往還の素地が整いつつある一方、実現に向けて課題があるのも事実です。例えば「Skill Shift」登録者のうち、案件に実際に応募する人は約25%にとどまります。「自分のスキルを本当に生かせるのか」「会社の名刺を使わずに応募して落選したらどうしよう」などと考え、足踏みする人が多くいると考えられます。
松田:副業や地方滞在に関心はあるものの、多くの人が一歩を踏み出せず躊躇(ちゅうちょ)しているのが実情です。大企業の看板を外したときに、自分の何が汎用的な強みになるのか見極められず困惑してしまう人が多いようです。
一方、社員を送り出す都市部企業の中には、副業を解禁するものの申請手続きが煩雑なケースが少なくありません。人事部や上司が労災リスクや過重労働、情報漏えいを過度に懸念し、実質的なハードルを高くしている企業も散見されます。
高橋:人材を受け入れる地方企業の状況も見逃せません。「Skill Shift」の場合、1件の求人に対して平均約15人もの応募があります。副業を希望する都市部人材の熱量に対し、地方企業側の受け入れ枠が圧倒的に不足しているのが実情です。
松田:人材往還社会が創る経済的メリットや社会的メリットは非常に大きいと考えます。1件の求人に対し約15人の応募が集まるのは、注目すべき大きなポイントだと思います。しかし、その追い風を生かせないというのは、需要側の求人不足が地方との関わりを阻害する一因になっていることが推察されます。需要側、つまり地方企業が副業人材の活用に踏み切れない背景にはどのような理由があるのでしょうか。
高橋:2つの壁があります。1つ目の壁は、外部人材や副業という仕組みに対する心理的抵抗感です。東京などで勤務経験のある地方企業の若手経営者の場合、優秀なスキルを持つ人材を適材適所で活用することに慣れているため、スポット的に人材を活用することに抵抗感を示しません。しかし、長く経営に携わってきた創業オーナーの場合、「よそ者」を社内に受け入れることへの警戒感が今も根強く残っています。
2つ目の壁は、自社の課題の言語化と業務の切り出しの難しさです。自社のどこに課題があり、どんなスキルを持つ人材に参画してもらえばよいのか。副業人材にどのくらいの時間を割いてもらうべきか。このように自社の現状を言語化し、求人票に落とし込めずにいる地方企業が多くいます。例えば求人票に「営業力を強化したい」や「新規事業を立ち上げたい」といった抽象的な内容を記載しても、具体的にどんな業務に携わるのかが見えません。自社の現状を整理し、言語化、可視化できずにいる地方企業が多いことも、副業人材を活用しきれずにいる大きな要因です。
松田:地方企業がこれらの壁を取り除くには、高橋さんは何が必要だと考えますか。
高橋:地方企業と都市部人材をつなぐ「伴走者」や「翻訳者」が間を取り持つべきです。具体的には、地方銀行や信用金庫などの地域金融機関や商工会議所といった地元の支援機関が、地方企業の日常的な相談相手になるのが望ましいと考えます。地方企業の潜在的な課題を掘り起こし、「営業力を強化したい」ではなく、例えば「インサイドセールスの構築」や「ECサイトのマーケティング設計」などといった具体的な業務へ翻訳、切り出しできる機能を備えることが大切です。こうした機能を地域側(支援機関)が担うことができれば、1件の求人に15人が応募といったギャップも解消できると考えます。
松田:マッチング後の伴走者がいることは、副業者にも地方企業にも良いフォローアップになりますね。もちろん地方企業で働く人の姿勢や考え方も大切です。例えば都市部の人材が地方企業で働き出しても、大企業でのやり方を上から目線で押し付けようとすれば空回りして失敗しかねません。地方副業を成功に導く鍵は、地方の経営者や現場に対してリスペクトを持ち、聞き上手に徹して対等な信頼関係を築けるかどうかです。経営者とお酒を酌み交わすなど、本音で語り合えるような泥臭いコミュニケーション能力を備えることも、地域との強い関わりを築くためには必要です。
「都市」や「地方」ではなく「私」がどうしたいかが議論の本質

高橋:人材往還という社会システムが全国で定着するには、国や自治体はどういった対策、施策を打ち出すべきと考えますか。
松田:副業関連制度の煩雑さを解消し、「地域経済活性化のために国民がどう関われるのか」という命題に対して明確かつ具体的な答えを経営者は情報発信すべきです。地方副業あるいは地方への越境学習が、自社の人的資本経営にプラスになることを、まずはシンプルでわかりやすく伝えることが、人材往還社会の定着には不可欠だと考えます。
さらに、返礼品偏重になりがちな「ふるさと納税」を見直すべきです。現地を訪問して農作業支援やプロモーションに関わる「体験型ふるさと納税」を自治体は増やしていくべきです。アプリを使って特定の自治体の「第2の住民票」を登録できる「ふるさと住民登録制度」が、現在、制度設計中ですが、これまでの「関係人口」から実際に現場で動く「行動人口」増加に向けた施策を検討、打ち出すことがより求められます。
高橋:おっしゃるとおり、実際に現地へ足を運んで行動を起こすことのインパクトは絶大です。当社が新潟市で実施した商店街活性化プロジェクトの事例では、プロジェクト終了の翌年度以降も副業人材が無報酬で自主的に現地に通い続け、商店街の活性化に関わり続けています。現地での体験はそれだけの魅力と価値があると考えます。
松田:素晴らしい実例ですね。理屈ではなく「やってみて地域や人が好きになる」という体験こそが、金銭的資産を超えた「人的資産形成」に直結します。会社や家族以外の第3のコミュニティと人生の生きがいを広げる取り組みの価値は、まさにプライスレスですね。
高橋:人的資産形成という視点は、企業が人材戦略を考えるうえでも大きな示唆を含んでいます。例えば、社員を社内に囲い込まず社外で越境学習をさせれば、本業でのイノベーション創出や優秀人材の離職防止につながります。こうしたメリットを見込み、副業を積極的に推進して社外での学びを自社に還流させようとする先進企業も実際に増えています。
松田:「若手社員は入社3年目に必ず地方副業を体験する」や「課長や役員への昇進要件として地方での越境学習を義務付ける」といった人事制度に組み込むことが有効です。D&I(ダイバーシティ&インクルージョン)の目標として「地方との人材インクルージョン」を位置付ければ、企業の経営陣も本腰を入れて社員の地方副業や越境学習に取り組むのではないでしょうか。
高橋:日本の場合、東京や大阪といった大都市圏から3~4時間もあればどの地方にもアクセスできます。こうした恵まれた環境が、都市部人材による地方副業をさらに加速させると信じています。オンラインツールの活用も常態化する中、誰もが当たり前に都市と地方を行き来できる「人材往還社会」の未来がすぐそこまで来ていると感じます。
松田:同感です。地方について議論すると、「都市か地方か」といった対立軸で捉えてしまうことが少なくありません。しかし本質的な主語は都市でも地方でもありません。「私」です。「私」がどう生き、どう働き、どう輝くかを考えることが大前提です。こうしたライフスタイルを考える際の選択肢として地方副業や人材往還といった手段が存在するのです。私を主語にした個人のワクワク感を原動力に、これからの持続可能な日本の未来を描ければうれしいですね。
高橋:本質的な主語は「私」、確かにそのとおりですね。みらいワークスとしても、都市部人材と地方企業を結ぶ接点を1つでも増やし、誰もが都市と地方を行き来できる社会づくりに微力ながら貢献していきたいと思います。本日は刺激的で実りあるお話をありがとうございました。
松田:こちらこそ、ありがとうございました。
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